俺は、自由とか、愛だとか、夢だとか、そんなことを、平気で口に出来る。
もちろんなんども、ばかだとか、全然解ってもらえないこともあった。
俺は、俺自身、一番求めていることは、全てを受け止めるってことなんだ。
楽しかったからよかった。そんなんじゃないんだ。
たった一人孤独になったときに、その時、目に映る全てのものを、愛せるっていうな、見ず知らずの人や、手を取り合ってなにか叫べとかそんなことじゃなくて、たった一人の心の中で、今自分が、全てのものを愛している、俺はそう実感したい。俺はいつもそう願っている。
それが、取り間違えると、わがままになったり、自分勝手だってとられたり、するときもあると思う。
だけど俺は、そんなこころをいつまでも持ち続けたい。
世の中の全てのルールの中で、間違ったルールは、人を傷つけることに方向が向かっていくこと。 正しいルールというのは、人を愛すること。 計算も打算も捨てて、自分にかかわる全ての物事を自分の鏡として見つめ、他人の力ではなく、自分の体でぶつかって、ひとつひとつの物事を、自分自身で解き明かし、自分の力で進むべき道を切り開くことが、愛と自由の世界を作り上げていくことにつながると感じている。 醜い争いはもういらない。 皆でまっすぐな「心」をもって「前」を向いて歩きたい。
2009年9月29日火曜日
仲間として
少し前のことになるけど、俺が18年一緒過ごした愛猫が病気で死んでしまった。
前日まで、元気で走り回っていた。
突然の死だった。
その時から何だか俺は、仲間ということを意識し始めた。
そいつは、俺がご飯を食べるといつも横にいて、一緒に食べようってつぶらな瞳で見つめていた。
俺とあった、最後の日も同じようにそうやって。
毎晩のように、家族で一緒にいたのに、誰も、そいつの苦しさを解ってあげられなかった。
仲間っていうのを意識し始めてから、今までの自分というのが、なんだかとってもいやらしい人間に思えてならなかった。
自分に解るものだけを認め、解らないものを否定し。
それから、俺たち家族は、そいつをともらった。
何が出来ると言うわけではないけど、必死に自分の弱さと戦った。
愛するってことが、そんな生半端なことじゃできないと。
前日まで、元気で走り回っていた。
突然の死だった。
その時から何だか俺は、仲間ということを意識し始めた。
そいつは、俺がご飯を食べるといつも横にいて、一緒に食べようってつぶらな瞳で見つめていた。
俺とあった、最後の日も同じようにそうやって。
毎晩のように、家族で一緒にいたのに、誰も、そいつの苦しさを解ってあげられなかった。
仲間っていうのを意識し始めてから、今までの自分というのが、なんだかとってもいやらしい人間に思えてならなかった。
自分に解るものだけを認め、解らないものを否定し。
それから、俺たち家族は、そいつをともらった。
何が出来ると言うわけではないけど、必死に自分の弱さと戦った。
愛するってことが、そんな生半端なことじゃできないと。
2009年9月28日月曜日
2009年9月26日土曜日
2009年9月25日金曜日
2009年9月24日木曜日
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